毎週の北芸・東京池袋キャンパスの授業以外に、月に一回、各キャンパスを回っているが、12月は名古屋キャンパスを訪れ、特別授業、および、体験入学で来校してくれた百人を超える生徒、保護者と時を分かち合った。
特別授業の対象は、今回は声優コースの生徒たちだったが、『表現』という、他者との信頼関係を構築する上で最も大切な要素がしっかりと育ってきていることを感じ、嬉しくなった。
名古屋キャンパスの授業に向かう前、少しだけ時間があったので喫茶店に入った。私は生来、人間観察が好きで、その日もコーヒーを飲みながら、同じ空間にいる人々を何気なく眺めていた。そして、そこで寂しい現実を目の当たりにしたように感じた。
パソコンを開いているサラリーマン、携帯を手放さない若者、友人と楽しそうに話している人、カップル、その時間の喫茶店には多種多様な人々がいた。しかし、悲しいかな、共通していることがあった。それは『注文の仕方』である。
「ご注文は何になさいますか?」
という、店員の問いかけに、チラと店員を見つめてから、
「コーヒー」
「レモンティー」
「Aセット、アイスコーヒーで」
返答は、名詞、あるいは名詞+格助詞のみ。
皆さんは、このやり取りを聞いて、『寂しい』と感じないだろうか?
「コーヒーをお願いします」
「レモンティーでお願いします」
「Aセット、ドリンクはアイスコーヒーでお願いします」
私も高校時代、喫茶店のウエイターのアルバイトをした経験があるが、注文に対してそんな風に答えてもらうだけで、とてもすがすがしい見持ちになったものだ。
お金を払っているのだから、客の方がそこまで気を遣う必要ない、という意見もあるだろうが、果たしてそうだろうか?お金の問題ではない、コミュニケーションの問題なのだ。
名古屋キャンパスの生徒たちは、元気に、そして丁寧にあいさつしてくれた。そして、私の問いに対しても、誠実に、丁寧に、自らの意見や思いを堂々と語ってくれた。
どんなに可能性があったとしても、それを誰かに伝え、見つけてもらえねば、いつまでも眠ったまま。どんなに知識があったとしても、それを伝え、役立てることが出来なければ、開くことなき百科事典と同じ。
誠実な態度で聞き、そして誠実な態度で伝える。名古屋キャンパスの教師たちの教育が、確実に生徒たちに届いていることを実感した。
余談だが、私は知っている。キャンパス開校当初、教師たちは生徒たちの指導に随分と悩み続け、頭を抱えていた時期があったことを...。
教師は魔法使いではない。突然、すべてが劇的に変化させることができる、なんてことはありえない。
そこにあるのは、日々、心を込めて伝え続け、信じ続け、寄り添い続けた先で生まれる生徒たちの『成長』だけなのだ。
開校6年目を迎える『ヤンチャな名古屋』と言われてきた名古屋キャンパスに、今、優しい風が吹いている。
この次、さらに成長した彼らにあの教室で会えることを楽しみにしている。
ありがとう、みんな。