二〇〇七年夏、北海道芸術高等学校の坂井理事長からアポイントがあり、東京渋谷区のホテルのロビーで待ち合わせた。
その折、北芸のチーフアカデミックディレクターにならないか、という打診を頂いた。
チーフアカデミックディレクター?聞きなれないこの言葉に、近代的なホテルのラウンジの居心地の悪さも手伝ってか、私は少々困惑したのを覚えている。
学校の教員の世界は、ある意味、伝統的、古典的な言葉が飛び交っている。学校内で受け持つ授業以外の仕事を『校務分掌』などと歴史的に呼んでいるのもその一例だろう。
私は率直に理事長に問うた。
「それは、北芸において何をするということですか?」
戸惑う私に、理事長はゆっくりと、そして穏やかに答えた。
「義家先生には、札幌や仙台、名古屋、そして十勝清水町にある本校、その全ての場所、全ての授業や教科の壁を超え、毎日通う通学制だけでなく、自宅で学習する通信制も含め、北芸全体の子供たちの先生になって頂きたいんです」
驚いた。さらに戸惑った。でも...それができるなら、それ以上のものはない、とも思った。
教育は言わずもがな、だが、縦と横の責任を伴った理念を具現化しながら営まれている。
個々の現場における縦軸は主に、学校長や授業を受け持つ教科担当が担い、日々の生徒との関わりの中でその深度を深めていく。一方、横軸は、と言えば、これは地域教育、学校教育を含めた現代の教育の中で一番、欠落しているものでもあるといえよう。
つまり、理事長の言わんとしていることは、
理事長である坂井氏は学校経営という縦軸の柱であることはもちろんだが、他方、本校、札幌校、仙台校、名古屋校、後にできる池袋校、それらの学校の方針や教員体制、生徒募集における共通理念の横軸に明確な責任を負う。私は北芸に集う全ての『生徒たち』にその生きざまや存在、授業等を通して、彼らの夢という縦軸と、心の連帯とに責任を担う、ということなのかと、おぼろげながら感じることができた。
「非常に重責ですが、ぜひ、頑張らせてください」
私は決意した。
その決意の向こう側には、まだ見ぬ多くの北芸に集う生徒たちの姿が見えた。